【コラム】小学校受験と幼児教育の真理を振り返る(モンテッソーリの「敏感期」から)

慶楓会小学校受験コース担当講師の吉岡未来です。

私立小学校の2024年度入学考査が一段落し、これから国立小学校の考査が本格化していく時期を迎えています。そうした中で、慶楓会では早くも2025年度やその翌年以降の入学考査を見据えた新しい年度がスタートしました。

1年後、もしくは2年後以降の入学考査に向けて新たな歩みを開始された皆様に対し、教室とご家庭で共に幼児教育に携わる「教育者」として、「小学校受験と幼児教育の真理」を今一度お考えいただきたく、今回のコラムをお届けいたします。

もくじ

受験の「目的」を定める

近頃、小学校受験を考えておられるご家庭との関わりを重ねていく中で、「合格」をゴールとして定めているご家庭が非常に多いことに懸念を感じています。限られた時間の中、我が子の能力を有名校への入学が可能なまでに引き上げようとするあまり、本来の目的を見失い受験対策に特化した指導へと走るご家庭も、しばしば見受けられます。

「ペーパーで満点を取らなければならない」「この質問にはこのように答えなければならない」「この志望校にはペーパー対策以外する必要がない」など、偏った軍隊式の訓練や切り捨てによって幼児期特有の学びの機会を奪うことは、子どもの成長にとって非常に危険な行為であることをご理解いただきたく存じます。

ここで再認識していただきたいのは、「合格」はあくまでも通過点に過ぎないということです。受験を検討する根底には、親の「我が子の幸福を願う気持ち」があります。したがって、その気持ちを念頭に置き、子どもの個性に合った志望校を定め、そこでの教育をはじめ入学過程における手厚い教育を施すことにより、我が子が幸せな人生を送るための手助けをすることが受験本来の目的と言えます。見栄や周囲からの重圧によって、安易に有名校への入学を試みたり、子どもの考える機会を奪い決められた台詞を再生させたり、学びの機会を限定してしまうことは、本来の目的から大幅に外れてしまっています。 故に、ゴールはあくまでも「我が子の幸せ」であり、合否に関わらず受験によって得た子どもの「経験」に価値をおいていただくことを願っております。

「頭」「心」「体」をバランスよく育む

この世に生を受けて10年と満たない幼い子どもは、生まれ落ちたこの世界で生きていくために様々な物や事柄に対して非常に敏感になり、彼らの目に映るものや手に取るもの全てが成長へと繋がっています。したがって、大人からは一見無意味なことでも子どもにとっては全ての経験が学びであり、その学びは今すぐ目に見えた成果を発揮するのではなく彼らの中で確かに蓄積され、突如思いがけないところで開花するものなのです。

そのため、周りのお子様と比較して「どうしてうちの子はこんなにできないのだろう」と落ち込まれたり、なかなか目に見える結果に繋がらない教育方法に疑念を抱いたりする必要はありません。今、お子様は土の中で根を生やし、運動、頭脳、巧緻性、対人能力など様々な分野の根を広げている状態にあります。そこから年長となり小学校へと進学する頃、突然土の中から芽を生やし、誰の目にも映る形で立派な木へと成長していくのです。

この根となる様々な分野は、大きく分けて「頭」「心」「体」の3つの領域に分かれます。土の中の「見えない成長」に気づかず、子どもの学びの機会を減らしたり、志望校に合わせて考査内容のみに特化した極端な教育を施したりすることは、「頭」「心」「体」の基礎形成に偏りを生じさせます。

その結果、紙上での問題は解けても、身の回りの世話などの生活能力に欠け、人との関わりや運動といった特定の分野に苦手意識を持つ子どもへと成長します。そうした子どもは、就学後の学校生活で相当なストレスや苦労を伴うことは勿論、将来社会に出た時に自立した生活を送れない可能性も大いに考えられます。

したがって、周囲からの刺激を受けてこの世の理を把握し、「生きる力」の基礎を築く幼児期には、「頭」「心」「体」をバランスよく育む環境に身を置くことが非常に重要となります。机上での学びだけでなく、体を動かしたり、老若男女問わず多くの人々と関わったりと、他分野にわたる経験を積むことが数年後のお子様の能力を格段に引き上げることに繋がるのです。

モンテッソーリの「敏感期」

では、なぜ幼児期に「頭」「心」「体」の基礎を築かなければ、後の発達において相当な苦労を伴うことになるのでしょうか。このような説には、イタリアの医学博士であるマリア・モンテッソーリの理論に用いられた、「敏感期」と呼ばれる子どもの発達上で非常に重要とされる特別な時期が関連しています。

敏感期とは、生物の幼少期にある特性を獲得するために環境中の特定の要素を捉える感受性が特別に敏感になる一定期間を意味しています。この時期の子どもは、環境の中のある特定の刺激に対して非常に敏感になり、それによって大人とは比較にならないほどの速さで脳と身体に情報を吸収し、自らを発達させていきます。

敏感期を分かりやすく説明する際には、次のような毛虫の幼少期が例として用いられます。ある木の上に、まだ幼い毛虫がいたと仮定しましょう。この時期の毛虫は、まだ柔らかい枝先の若葉しか食べることができないため、生きるためにその若葉を獲得しようとします。すると、この一定の時期に限り、幼い毛虫は太陽の光を捉える感受性が非常に敏感になります。幼い毛虫は、この感受性に導かれて光の強い方へと向かって移動することで、枝先の若葉に辿り着くことができるのです。

人間で例えるならば、言語の習得が典型的な例と言えるでしょう。乳幼児は、人間社会で生きていくために必要不可欠である言語に対し、それを捉える感受性が非常に敏感になるが故、僅かな期間での習得を果たします。一方、大人になってから英会話を習い、日常的に用いる言語の一つとして流暢に話せるようになるには、相当な苦労を伴います。それには、「生きるために必要」という生物学的な本能によって生じる敏感期が過ぎ去ってしまっているためと考えられます。

「敏感期」には制限がある

上記のような特別な感受性が現れる時期は一定期間に限られているため、一度この時期を逃してしまうと後に獲得しようとしても大変な苦労が必要となり、幾倍もの無駄な労力を費やさなければなりません。

例えるならば、人間によって光の敏感期に虫かごの中に閉じ込められ、後に木の枝に戻されたとしても、光を捉える感受性が敏感な時期が過ぎ去った後では、その毛虫は枝先の若葉に辿り着くまでに相当な時間と労力を費やさなければならないということです。幼児の言語習得の速さに対して、大人になってからの英会話の習得に時間がかかるのは、この敏感期の影響によるものと考えられるでしょう。

このため、教育者によってこの時期に敏感になっている感受性を押し込められる、あるいは活動の機会を与えられず敏感期自体を逃してしまうと、その後に同等の特性を獲得しようとしても大変な苦労が必要となります。故に、生きるための本能が強く表出されている幼児期には、様々な経験を積むことのできる環境を設けることで、「頭」「心」「体」の基礎をバランスよく築くことが重要となります。 そうして、心身共に自立へと繋がる各領域の根を生やし、土の中でしっかりと土台を築いている子どもは、就学後に無駄な労力を費やすことなく能力を高めることは勿論、考査の場においても同学年のお子様とは一味違ってきます。

子どもの「経験の幅」を広げる

こうしたことから、「頭」「心」「体」の基礎をバランスよく育むことのできる環境作りこそ、小学校受験並びに幼児教育の真理であると言えましょう。人間性や能力の基盤を築く幼児期は、人生で二度と訪れない貴重な時期です。この敏感期に、受験対策のみを掲げた教育を強いて子どもの経験の機会を奪うことがあれば、そこで身に付けるはずだった能力は二度と習得できないと言っても過言ではありません。

志望校や受講する授業、教育方法などでお悩みの方には、まずは他分野にわたる経験の機会を設けて子どもの自立を促すべく、介入ではなく適度な距離を保ちながら常にお子様を見守り続けることに注力していただければと存じます。加えて、受験という一連の学びの期間は、一夜漬けの如く詰め込み型の教育を施すのではなく、今後の人生を見据えた子どもの「学び続ける姿勢」を育むことに意義があるということをご理解いただきたいと考えます。

慶楓会にお通いいただく皆様には、あくまでも子どもたちが生涯に渡って主体的に学びへと向かい、自己発達し続ける力を養う指導の下で、「我が子の幸せ」という真のゴールを目指していただくことを願っております。

執筆
慶楓会 小学校受験コース担当講師 吉岡未来


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