【コラム】受験は苦行ではない -1-

当会では幼稚園受験のお子様から小学校受験のお子様までお預かりをしているため、0歳から6歳まで、幅のある年齢のお子様並びにそのご家庭と日々歩ませていただいております。お子様の年齢が比較的小さく、しかも目前の幼稚園受験ではなく少し先の小学校受験に向けて照準を絞っているご家庭は、ご面談でお話を伺っているときにも、余裕が感じられます。
我が子の未来に向かって輝かしい理想を描き、ご両親のお顔も明るく姿勢も前向きです。ところが、受験が近づくにつれてだんだんと親御様の表情が曇り、焦燥や苛立ち、時には悲壮感さえ漂わせていらっしゃることもあります。受験が苦行になっていると感じる瞬間です。

お子様の受験は苦行ではないということを常に忘れていただきたくなく、今回と次回の2回に分けてお伝えしてまいります。まずは受験が苦行になってしまう原因について、考えてみましょう。

もくじ

受験が苦行へと変わっていく過程

受験を意識し始めた頃は・・・

多くの方は、受験を意識し始めた頃は、お子様の将来のためにより良い環境を整えようと考え、前向きな気持ちで検討を始めます。この傾向は、代々私立出身であるご家庭よりも、ご両親ともにご出身ではなく、新たに受験の世界に入られようとするご家庭に顕著であるようです。幼児の受験に関して、なんとなく聞き及ぶ噂によって厳しい世界であることは理解しているものの、まだその「厳しさ」が何に起因するのかを分かっていない段階と言えるかもしれません。体験授業を受けるなどして、子どもたちが課題そのものに対して生き生きと楽しみながら取り組んでいる様子をご覧になると、なおのこと「楽しく取り組めているようでよかったです」とおっしゃり、我が子が学びへ向かう姿を頼もしく感じて意気揚々とお子さんの可能性に対する期待を無限に膨らませていく時です。

受験準備が進むにつれて・・・

ところが、教室通いが始まってしばらくすると、最初の勢いがトーンダウンしてくる方が見えます。体験の時には、お子様も目新しい環境、今まで取り組んだことのない事柄に対し、好奇心を持って前向きであったにもかかわらず、学習内容の幅が広がり、お子様にとって苦手な領域に至ると、「出来ない」「いやだ」という率直な反応を見せるので、保護者の方はその様子を目にして焦りが生じます。「他の子は難なくできているのに、どうしてうちの子は出来ないのだろう」「どうしてこの子は、同じことを何度言っても分からないのだろう」こうした考えが頭の中を渦巻き、初めの前向きな気持ちにしだいに翳りが見え始めます。こうした考えに支配され始めると、保護者の方のやる気も一緒になって下がっていきがちです。毎日早起きをして、一緒に取り組んでいたはずの縄跳びやボールつきも、励ます立場であるはずの保護者様自身が億劫になり、やがて「今日一日くらいいいか」となって、気づくと玄関の隅で縄やボールが埃をかぶるようになっていきます。

受験直前には・・・

それでも受験を完全に辞めてしまうのではなく、何とか気持ちを取り直し、子どもをなだめすかしたりしながらもお教室通いを続けていく方のほうが多い印象を受けます。ところが、受験が近づけば近づくほど、我が子のできないことが目につき、焦りは募るばかりです。模試の数も増え、毎回毎回、同じことができていない。どれだけ言い聞かせてもおふざけが直らない。お教室で見かける他の子はきちんと座り、受け答えも完璧、あんなに難しい問題でも時間内に難なく答えることができている。それに比べて、うちの子は・・・、と、お母様の不安、嘆きは深まっていくばかりです。こうなると、受験は完全に苦行と化しています。お金も手間も時間もかかり、どうしてこんな辛い思いをしなければいけないのだろうか、いっそ受験をしない方が良いのではないか、子どもに無理を強いている自分たちの考えは間違っているのではないか。考えれば考えるほど、気持ちは不安定になっていき、その映し鏡のように我が子の姿もいっそう乱れていきます。

どうして受験が苦行になってしまったのか

誰もが経験する「苦行感」

上に述べたような流れは、よほどお子様が優秀で非の打ちどころがなく、さらにご両親が自信に満ち溢れているという方でない限りは、多かれ少なかれ、誰もが経験するもののようです。私どもは個人塾というスタイルで教室運営を行なっているため、ご家庭との距離感は非常に密なものです。良い時も、そうでない時も、またご家庭の誇るべきところも隠しておきたいところも、全てをさらけ出して、それらをみな受け止めながら、ご家庭と歩ませていただいております。したがって、受験のリアルには必然的に絶えず向き合うことになります。「辛いのはみんな同じ」ということを理解することは、辛さを紛らわせることにはつながらないものの、なぜこうした苦行に陥ってしまうのかを考えるきっかけにはなると思います。

我が子の幸せを考えて始めたはずなのに

受験を始めるきっかけは何であれ、その根底には、我が子に幸せになってほしいという気持ちがあったはずです。そのためには親の自分に求められる努力は厭わない、という親心をお持ちの方がほとんどでしょう。しかしながら、その努力がなかなか目に見える成果につながらない、これも一つの苦行感の原因でしょう。幼児の受験を志される方は概して、経済的・社会的な成功を遂げられている方が多いものです。ご自身の努力で財を為し、都心に住居を構え、我が子には無償の公教育ではなく、敢えて費用の嵩む私学の環境を備えようとされる。自分の努力で成果を積み上げてきた自負があるからこそ、努力は必ず良い結果をもたらすと信じておられるのです。ところが、その自分が子どもをどれだけ一所懸命に支えても、暖簾に腕押し状態が続くばかり。子どもは自分と別の人格であるということを忘れがちになり、思った通りにならない苛立ちが、親としての無力感を突きつけられているかのように感じられて、辛さ・苦しさにつながっているようにも感じます。ところが、たくさんの保護者のお悩みをお聞きすると、より根の深い問題点が見えてきます。

「比較」が苦行の元凶

苦行感を強いられる元凶は、ずばり「比較」にあるという感を拭えません。受験には競争が伴いますから、競争相手との比較は受験という制度の構造的に避けて通れないものです。しかしながら、焦りが募った保護者の方は「我が子の成長を促し、その結果として合格水準に達するように導く」という視点ではなく、「他の子と比べて、少しでも秀でることによって合格の枠を勝ち取る」という視点にだんだんと変わっていってしまうようです。これにより、「うちの子は他の子に比べて全くできない」という考えに取り憑かれるようになります。ひいては「他の家に比べて我が家は何も強みがない」とまで感じ、受験で必要とされる本質とは異なる領域での比較にまで考えを広げてしまいがちです。

「比較」はきりがない

比較を一度始めるときりがなくなってしまいます。それでもまだ、ご家庭がその比較に対して客観的な視点を持ち合わせてさえいれば、途中ではたと気づいて立ち止まることも可能です。果たして、自分たちが目指していたのは他の子より「上」の位置を占めることだったのか、そうではなく子ども自身が自らの関心を広げて学びに向かう人間性を備えていく姿を育むことであったのか。そこにきちんと立ち返って考えることが必要です。けれども、手段が目的に取って代わり、しかもその手段すらも親の努力が実を結ぶ気配がないとなると、もはや何のために莫大な時間、労力、金銭を割いているのか見失ってしまいがちです。受験を苦行と感じてしまう保護者が多いと指摘する所以です。

受験を苦行にしないためには

以上のように、受験本来の目的を見失い、その手段である競争の中から生まれる「比較」こそが苦行感の原因であることを述べました。

本来的には、当然ながら受験を苦行のように捉えることなく、より前向きに、そして希望を持って歩んでいただきたいものです。次回のコラムでは、受験を苦行と感じることを予防する手立て、受験が苦行になりつつあるときのマインドリセットについてお伝えしていきたいと思います。

執筆
小学校受験コース 主任講師 松下健太

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