【コラム】他者意識をもつこと
慶楓会 小学校受験コース主任 松下健太です。
慶楓会では新年度の授業が始まり、早くも2か月を終えようとしています。
受験学年のご家庭にとっては、受験準備に割くことのできる1年間の時間のうち、既に6分の1が過ぎ去りました。毎日の積み重ねが重要な幼児の受験準備につきましては、この先も着実に日々の学びを紡いでいくことの意識を強くもち、ご家庭一丸となっての対策を進めていただきたく存じます。
今回は、その受験準備の中でも特に重要な他者意識をもつことについてお伝えいたします。
他者意識とは
他者意識とは、簡単に言えば「相手の立場に立つ」ということです。
具体的な行動で表すと、自己中心でものを考えるのではなく、相手の目線でものを見る、相手の思考の筋道を推測する、相手の感情を慮る、などといったことが挙げられます。
自らとは異なる他者の存在を客観的に認知した上で、その他者と自らが異なる人格を有するという前提に立ち、他者は自分とは異なる方法で世界を捉えているということへの理解が、他者意識をもつことの第一歩かと思います。
自己意識と不可分の他者意識
とは言え、相手の立場に立ってものを考えるには、「相手がこのように考えるだろう/感じるだろう」といった想像力が不可欠であり、その背景には「このような文脈であれば、このような考え方をする・感情を抱く」といった、自らの主観的な経験が必須です。これらの経験がないと、相手の思考や感情を推測・想像する基盤となり他者意識をもつにあたって適用すべきものの見方が存在しないことになります。
考査における他者意識の発揮場面
幼稚園受験では、こうした他者意識の発達が未分化の時期に受験を迎えることもあり、どちらかというその子の自己意識、またはその子自身の興味関心や振る舞いの型、さらにその子を育む親御様の養育姿勢などがより重視されますが、小学校受験においては6歳前後の年齢を迎える子どもの発達相応の他者意識も、大変重視されます。
特に近年の考査で重視される比重が増している、いわゆる「行動観察」においては、受験生の他者意識に特に焦点を当てて、評価がなされていると言っても良いでしょう。(もちろん、本人の自己意識に基づく振る舞いの様子も重要です)
すなわち、自分の行動がどのように見られるかを考えて自己抑制を試みること、自らの言動が周囲にどのような影響を与えるかを考えて他の受験生に関わること、他の受験生の様子を見て自らの行動を調整するなど周囲の状況に自らを柔軟に合わせられること、こういった様子がたいへん重視されています。
そこでは、個人の発想や能力、知識などは、他者との関わりをより深めていくための材料にはなっても、一人が単独でもつ力の発揮だけでは決して良い評価は得られません。
なぜならば、学校教育は集団で学び合う場であり、集団の中の個は互いに良い影響を与え合う中で、学びを質的に深めていくことを目指すという考えのもとに、先生方は日々の教育活動に尽力されているからです。 一人の持つ力がいくら優れていても、それを集団の中で適切に発揮し、さらに周囲に良い影響を与えていくことのできる関わり方ができるかどうか、この点が非常に重要となります。
幼児が自己中心的なものの見方をするのは当然のこと
もちろん、幼児にとって自己中心的なものの見方は当然のことです。生後すぐから始まる、周囲の養育者による関わりをはじめとした、外部の様々な環境に対する知覚・感得を通じて、自らを取り巻く外界への理解を深めていく過程において、自らの身体性や感情も含めた自己認識を形成していくことが先立ち、その上で自らと異なる他者の存在についての理解を、経験を通じて広げていくことになります。
他者意識と心の理論、誤信念
こうした他者意識に関連する概念として、心の理論(Theory of mind)というものがあり、それは、「自分と他人には「心」があると理解し、それぞれ異なる独立した心の状態があることを推測できる能力があるとする理論」を指します。
このような心の理論に基づき「他人が自分とは違った信念などの心を持つこと」を誤信念という言葉で表します。この誤信念を理解できるかどうかの力は、4歳〜7歳頃にかけて育まれていくもので、3歳以下の子どもにはまだ難しいということが知られています。
実際に、誤信念を理解できるかどうかという課題は「誤信念課題」あるいは「アンとサリーの課題」などの名称で、子どもの誤信念への理解をはかるものとしてよく知られております。 厳密には心理領域の専門家による緻密な配慮のもとに実施されるべきものではありますが、一つの目安として、課題を紹介します。
誤信念課題の紹介
下のキューピーちゃんとカエルくんのやりとりを見て、最後のコマの質問の回答を考えてください。
誤信念課題の解説
いかがでしょうか?
皆さんはどちらだと思いますか?
そう、キューピーちゃんは、自分が見ていない間に、カエルくんが宝物の場所を移したことを知らないので、当然自分が隠した赤いコーンを探しますね?
しかし、幼児に上記の様子を見せて尋ねると、「緑のコーン」と答える子が一定数います。
これは、「自分が見て知っていることは、キューピーちゃんも知っている。」という誤った信念を持つためです。
実際の授業場面のお子さんの回答
実は上記のキューピーちゃんとカエルくんのやりとりは、つい先日の年長の授業で、実際にやって見せたものです。子どもたちに、キューピーちゃんがどちらのコーンを探すか尋ねたところ、半分以上のお子さんが緑のコーンと答えました。
その時の授業では、もともとこの誤信念課題を扱う予定ではなく、【「お母さんが、泣いている小さな男の子の横で、お姉さんに対して険しい顔をしている」という絵を見せ、お母さんがなんと言っているか】を考えて答えるという課題に取り組んでいました。
すると子どもたちのうち何人かは、お母さんの発言を想定した言葉ではなく、「怒っている」というように、自分が見た「様子」を答えたのです。(ただし、この回答は、これまでの経験からも予測はしていました)
これは、質問の趣旨が言語理解の面から理解できていないという点での誤答理由もあるかとは思われますが、「絵の人の立場で答える」ことと「自分が見たことを答える」ということの区別がまだ曖昧であることも理由として考えられます。
そこで先の誤信念課題を、その場にあるものでさっと問うたところ、やはり答え方を誤り「怒っている」と答えたお子さんは、緑のコーンを選んでいました。
もちろん、緑のコーンを選んだお子さんも、「でも、キューピーちゃんは、カエルくんが入れ替えるの見てたっけ? 場所が変わったのを知ってるんだっけ?」と、改めて確認しながら説明をされれば、キューピーちゃんが赤いコーンを探すだろうという理屈は理解できます。
しかし、それを直観的に瞬時に理解するほどには、いまだ他者視点でのものの見方についての認識が深まっていなかったのだということが言えます。なお、このアセスメントは、「この子は他の人の立場に立ってものを考えることができない!」というラベリングをするためのものではなく、単に現時点での目安に過ぎませんので、念のためご注意くださいませ。
他者意識を育むためには
他者意識を育むためには、他者の内面を理解しようとする意識を促す機会や刺激を用意していくことが大切です。
ところで、皆様の中には、お子様の要求を逐一丁寧に拾ってあげて、その子が何を言わなくても自分の要求が通るような状況を作っている、という方はいらっしゃいませんか?
まだ自力で色々なことをするのが難しい乳幼児期は、泣くことによって不快を示し、養育者がそれに対して色々と推測を加えながら不快を取り除く手立てをしてくれる、そのような基本的信頼感が育まれることによって愛着が形成されていく過程は、必ず必要なものではあります。しかし、ある程度お子さんが大きくなって自力で様々な物事の対処ができるようになってきたり、あるいは言葉でそれを伝えることで望む反応が得られるようになってきたりすれば、周りが先回りして手を焼きすぎるのは考えものです。「伝える努力をしなくても周りがわかってくれる」、「自分の思いが通じないのはわかってくれない相手が悪い」、「自分の考えとどうして同じように思ってくれないんだ」という自己中心性が助長されていくことになるためです。
多様な他者との交流機会を
したがって、子どもには様々な他者、特に同年代の友だちはもちろん、自分とは全く異なる立場の人との交流の機会を多く持たせ、自分とは違う考えを持つ人が、それぞれの自己認識のもとに生活をしていることを、経験を通じて理解させていくことが必要です。例えば高齢者や、障害をもつ方、異なる文化圏で育った方などとの出会いから、自らの常識とは異なる論理で他者が生きていることを体感的に理解していくことも重要なことです。
本人がやりたいか、やりたくないか、といったことは抜きにして、その子の常識・当たり前から離れた経験を数多くさせることが、その子の他者意識の幅を広げていくことになります。
慶楓会では、日々の授業では知識の詰め込みや、技能の訓練といったことよりも、そのような子どもたちの関わり合う姿、ものごとの認識の仕方を育んでいくことに留意した授業を展開しています。
特に当会が重要視している体験活動の機会により、初めて会うお友だちや、各ご家庭が目指す学校に通うお兄さんやお姉さんなど、多くの人との豊かな体験を通じた関わりを持つ機会を大切にしています。
子どもたちには、受験の対策としてだけでなく、就学後も、自らの世界を外に広げ続け、学び続けられる子どもを目指す教育を、ご家庭と共に担ってまいりたいと考えております。
執筆
慶楓会 小学校受験コース主任 松下健太
体験授業・ご面談も随時承ります