【コラム】いたみを知る

もくじ

当たり前ではないこと

新年早々に、地震、津波の天災、飛行機事故など痛ましいニュースを耳にしました。後から漏れ聞くニュースでは、その時だけ帰省していた方などもいらっしゃり、私自身企業に勤務時代に「地下鉄サリン事件」を偶然その日に限って高熱で欠勤し、後輩が事件に巻き込まれ闘病生活を送る姿を通して、生かされた意味を幾度となく考えるようになりました。

3つの命「運命」「使命」「宿命」のお話をして下さいましたシスターの「変えられないもの」は必ずあるけれど、どのように自分の命を運ぶのか、使うのか、「生き様は自分が選択する」という言葉を噛みしめています。

私にはこの時期になると思い出す特別な友人がいます。最初の病気の発見時は、小さなお嬢さんを家族に預け、生きるために必死に闘病生活を送り、見事打ち勝ち、退院後ご家族で過ごす姿はまぶしく、心の底から安堵しました。しかしながら、若さゆえだったのか半年後に再発し、2回目の発見時、入院はしない、家族で日常を過ごすという選択を聞かされ、驚愕し、かける言葉が見つからず、幼稚園の行事、園生活、地域の活動に参加する姿をただそばで見守るしか出来ませんでした。ご家族様の苦痛の重みを思えば彼女の決断に私などが苦しみを表す権利はないと感じたことを覚えています。大変美しい人で、病気を感じさせない彼女の母としての圧倒的な美しさから、そこにマリア様の似姿を見たような気がしています。

いま、健康でいられること、受験をしようと考えられること、お教室に通うことが出来ること、未来に向かって考えられること。未だ終わりが見えない紛争地域がある中で、人と人との出会いも、当たり前ではなく、一期一会の出会いに心から感謝しております。

新しい年に向かって

人生においては選択の連続ではありますが、ベストな選択というものが果たしてあるのか、時々考えることがあります。自分がベストと信じて選択した道でも、こんなはずではなかったと思い悩むこともあります。「隣の芝生は青い」という諺もありますが、小さなことでは学生時代の部活選び、志望校、就職、私など両手でも足りないくらい色々思っています。

俄かキリスト教信者の私は、イエス様だって本当は馬小屋ではなく、宿屋でお生まれになりたかったのではないかしらと勘繰ったりもします。

ただ一つ確かなことは、不平不満を思うのは自由ではありますが、声に出すのは愚かな行為である、これは私の信条でもあります。

私たちは神様ではないのですから不平不満があるのは当然であり、何でも喜んで出来るわけがないと半ば半人前の自分を擁護する言い訳とも言えますが、言葉が走り出した時点で、周りを不愉快にさせる行為は美しい生き様とは言えないと私は感じています。

選択の連続の中で、時に意に添わぬことがあろうとも静かな心で受け止めた先に、神のまなざしがあるやもしれません。

本格始動

幼稚園受験クラスでは、新年を想定問答集添削作業からスタート致しました。ただでさえ子育て、受験、お仕事を抱えご多忙の中、本来でしたら安息のお時間をお子様が寝静まってから作業時間に費やし、ご両親様で話し合い熟慮を重ね、お父様、お母様それぞれがご提出下さいます。頭が下がる思いです。最初は再提出など、時に大変な思いもさせてしまいますが、合計16回、回を重ねるたびに見違えるほど素晴らしいそのご家庭ならではの、このご両親様にしか語れないオンリーワンの内容に見事練りこまれてまいります。

そして、慶楓会では5月の願書・面接セミナー以降に満を持してアウトプットの練習に入ってまいります。

2024年干支の辰にあやかり、慶楓会の子どもたちの賑やかな笑い声が天に響く「昇天」を目指し、本年も更なる合格の喜びを分かち合ってまいります。

執筆
慶楓会幼稚園受験主任講師 佐藤浩子

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