【コラム】自尊心

幼稚園受験コース主任講師の佐藤です。今回は、子どもたちの「自尊心」を中心に見つめ、幼い子どもたちが持つ意思の尊さと、大人が語りかける言葉や姿勢の在り方についてお伝えしてまいります。

もくじ

子どもの意思

どれほど幼くとも、主体的な意思を持っている

私ども慶楓会には、縦割り総合クラス、1歳のお誕生日を迎えられ歩行が安定してきたお子様から、2年保育の受験学年まで、3学年にわたる3時間お預かりのクラスがあります。モンテッソーリの棚のお仕事では、取捨選択し自分で気に入ったお仕事を選び、集中し、片付ける、を嬉々として繰り返しています。最近めうちのお仕事がお気に入りの1歳児に、ぬいさしのお仕事をやってみる?とお声掛けしますと、ちゃんと意思があり、やらないと言わんばかりに裁縫箱のふたを閉じたりし微笑ましい限りです。

自分の意思を伝え、相手の意思を尊重する

色水のお仕事をしているお姉さまが気になるらしく、じっと見て途中びんを掴んだりしますが、お姉さんが、待っててね。と言いますと手を引っ込め静かに立っています。まだお話がままならない年齢ではありますが、自分の意思を伝え、相手の意思を理解し受け入れ、静かに待ち自身を律することができる姿にお子様自身の内面の成長の神秘に驚かされるばかりです。

先日のおままごとの自由遊びでは、言葉がままならない1歳児が自分の手を合わせて「貸して」の合図をすると、同じ1歳児が「どうぞ」と言わんばかりに差し出す姿に、言葉が無くても、お互いの思いをくみ取り、自他共お大切に、を実践してくれる姿に、恐るべし1歳児、と幼子から私たち大人が教えをもらう日々です。

意思を受け止め、自尊心を育む

私ども慶楓会の教師はお子様自身の自尊心を何よりも一番大切にし、どんなに幼くても立派な意思があり、感じる心があり、だからこそ決して無理強いはせず、気持ちに寄り添い、そのうえで乗り越えるべき山を共に伴走したいと常々願っています。それは恐らく、私自身の幼少期のほんの些細な事ではありましたが、母からかけられた僅かな言葉が一つの小さな棘のように今でも時に疼くことがあり、言霊の大切さを人一倍苦い思い出として感じているからかもしれません。

だからと言って、二人の娘を育てる母として、自分が言霊を、相手を愛する言葉を常に発しているかと問えば、お恥ずかしながら決してそうではなく、感情に振り回されることも時にあり、だからこそ、神様ではないのだから私が間違うのは仕方ない、間違いを素直に認め気づき悔い改め、なりたい生き様に近づけるよう努力を重ねる姿を娘たちに見せ続けたいと、美しく生きられる人になりたいと心から願っております。

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執筆
幼稚園受験コース 主任講師
佐藤浩子

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