【コラム】うちの子に「合う」学校選びの危険性

皆さん、こんにちは。慶楓会小学校受験コース主任の松下健太です。
年中、年長のご家庭との保護者面談で、季節を問わず、繰り返し受ける問いがあります。お子様の性格やご家庭での過ごし方、ご兄弟との関わり方を一通り伺ったあと、お父様お母様が身を乗り出すようにして、最後にこう仰います。
「うちの子に、合う学校は、どこでしょうか」
我が子に合う環境で学ばせたいという親心は至極真っ当であり、そのような学校があるのならば入学を考えたい、そう思われる心理もよく理解できます。
しかし、今回のコラムのタイトルは「うちの子に『合う』学校選びの危険性」です。
この考え方のどの部分が危険なのでしょうか。
この点を紐といて、解説してまいりたいと思います。
自分の殻を越えていく環境
「うちの子に、合う学校は、どこでしょうか」
そう問うご両親の表情には、たいてい迷いと期待が同居しています。
長く子どもを見てきた者であれば、我が子の個性と各校の校風とを突き合わせて、適切な一校を導き出してくれるはずだ、というご期待なのかもしれません。
なかには、説明会で配られた資料をご持参のうえ、各校の特色を几帳面にまとめた一覧を見せてくださる方もいらっしゃいます。
「うちの子は自由なほうなので、A校が向いていると思います。ただ、引っ込み思案なところもあるので、面倒見のよいB校もよいかもしれません」。
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私は幼児教室「慶楓会」で小学校受験コースの主任をしており、その以前には十年あまり私立小学校の教壇に立ち、入学考査にも携わってまいりました。
その経験から、今日はご両親のこの問いそのものに向き合ってみたいと思っています。
「うちの子に合う学校はどこか」というお尋ねは、保護者として当然のご関心です。ご家庭の大きな決断ですから、できる限り間違えたくないというお気持ちも、切実に伝わってきます。
それでも、申し上げます。
この問いの立て方そのものに、見過ごせない危うさが含まれています。
「合う/合わない」で選ぶとき、それは消費者になっている
「うちの子に合う学校」を探す、というお考え方を、もう一度、言葉のかたちのまま見つめてみてください。そこには一つの構図が、はっきりと立っています。
子どもという主体があり、その子の好みや個性に「合うもの」を、選択肢のなかから選び取る、という構図です。
これは、買い物の構図にとてもよく似ています。靴を選ぶときに、足のかたちに合うものを試着し、合わなければ別の店へ移ります。日常で何かを選ぶときに、私たちがごく自然にとっている構えです。
この構えを、教育の場に、そのまま持ち込んでよいのかどうか。
お考えいただきたいのは、ここです。
ご相談を受けるなかで、ときどき、こんなお話を伺うことがあります。
「説明会に行ってみたら、思っていたほど自由な雰囲気ではなかったので、候補から外しました」
「校長先生のお話が、うちの教育方針と少し違ったので、見送ろうと思います」
いずれも、ご家庭が真剣に学校をご覧になった結果のご判断であり、その熱意自体は尊いものです。
ただ、こうしたお言葉の根っこには、共通する一つの姿勢があります。
学校を、ご家庭の物差しで採点している姿勢です。この姿勢は、お子様から大切なものを奪います。
私が一番気がかりに思っているのは、ここのところです。
家庭が学校を採点する側に立ったとき、子どもは、家庭の物差しの内側に納まったまま育っていきます。
ご両親が「合わない」と判じた学校とは、出会う前に縁が切れてしまう。
一方で「合う」と決められた学校では、ご家庭の価値観をそのまま延長したような環境で六年間を過ごすことになります。
その学校が、ご家庭にはなかった何かを差し出してくれていたとしても、その何かを受け取る前に、お子様の成長の芽は、上から蓋を閉じられてしまうのです。
子どもが自分の殻を破り、成長していくためには、自分の知らないもの、ご家庭の価値観のなかにはなかったものに、思い切って身を委ねる時間が要ります。
「合う」を選び続けようとする家庭からは、その時間が抜け落ちていきます。
学校は、家庭が合わせていく場である
ここで、もう一段、原点に戻らせてください。
私立小学校という場が、もともとどういう成り立ちでできてきたのか、というお話です。
明治、大正、昭和の世に、新しい教育を志した方々がいらっしゃいました。慶應義塾の福澤諭吉先生、東洋英和を設立されたミスカートメル、こうした先達がたが、それぞれの信ずる教育の理想を掲げられました。
家庭の好みに合わせて学校がしつらえられたのではなく、学校が掲げた教えの旗のもとに、賛同するご家庭の方から集ってきた、という順番です。
何十年、時には百年を超える歳月のあいだ、各校は、その旗を守り通してこられました。慶應義塾は「独立自尊」を、雙葉は「徳においては純真に、義務においては堅実に」を、いまの先生方の口からも繰り返し語っておられます。聖心も、暁星も、それぞれの旗を掲げ続けていらっしゃいます。
この旗のもとに入っていく、ということは、ご家庭がその旗に頭を下げる、ということです。
頭の下げ方は、いくつもあります。
ご家庭の思いの持ち方を、その学校の流儀に合わせていく。
週末の過ごし方も、その学校が大切にする時間の使い方に近づけていく。
お子様にかけてきた言葉づかいまで、見直さなくてはならない場面が、たしかに出てきます。
しかし、入学とは、こうした合わせていく日々の始まりなのです。
「合わせる」と聞くと、ご家庭の個性を消すような、窮屈な印象を受けるかもしれません。
しかし「合わせる」とは本来、ご家庭が学校の教えに身を委ねていくことです。
委ねたときにはじめて、ご家庭は、ご自分たちだけでは気づけなかった一つ上の景色を見ることができます。
子どもが殻を破るために必要な振る舞いは、まずご両親の側で始まる、と申し上げてもよいくらいです。
私の同期や先輩で、ご自身は受験経験のないご家庭から私立小学校に入られた方が何人もいらっしゃいます。
皆さん仰ることは似ています。
「入学してからは、子どもよりも親のほうが、学校から学ばせてもらいました」
合わない部分も含めて、その学校に家ごと身を寄せていかれた方々の、実感のこもったお言葉です。
ミッションスクールに入られたあるご家庭では、入学前まで信仰を持たれていなかったお父様が、お嬢様と一緒に朝のお祈りの言葉を覚え、日曜礼拝にもご家族で通うようになられたと伺いました。
「最初は、子どものために形だけでも合わせようと思っていたのですが、続けていくうちに、自分のなかにも、これまで言葉にできなかった、崇高な存在を敬う気持ちがあったことに気づきました」とお話しくださいました。
ご家庭の枠の外側にあった広い世界へ、お父様ご自身が連れ出されていかれたのだと、私には思えました。
また別のご家庭は、お子様の自由な気質を伸ばしてくださる学校をと思って、いわゆる校風の穏やかな一校を志望されました。
入学後、宿題の量も校則も、想像より厳しい一面があることに気づかれます。
ご両親は、いったんは戸惑われたそうです。けれども、年に何度か学校で行われる保護者会で、校長先生や担任の先生の話を伺ううちに、その厳しさが「自由に生きていける子」を育てるために、どうしてもくぐらせなければならない関門なのだと、少しずつご理解を深めていかれました。お母様が仰った一言が、私の心に残っています。
「この学校が、私の知らないところで、私の娘を、私には育てられない人に育ててくださっている」
「合う」ではなく、「この学校で学びたい」と思える学校を探す
では、ご家庭は、どのような物差しで志望校を考えていけばよいのか。私が保護者の方にお伝えしているのは、「うちの子に合うかどうか」ではなく、「この学校で、我が子に学ばせたいと思えるかどうか」という問いに、立て直すことです。
二つの問いは、似ているようでいて、向きがまるで違います。
「合う学校はどこか」とお尋ねになるとき、ご家庭は、今日の我が子を中心に据えていらっしゃいます。
いまの性格、得意、家での過ごし方に釣り合うものを、外側から探す問いです。
「この学校で学ばせたい」と問い直されると、軸が入れ替わります。
学校が掲げる教えのもとに、家族そろって六年間を歩んでいけるかどうかを考える、そういう問いになります。
「合う」は、いまの我が子の輪郭の内側で完結してしまいます。
一方、「学びたい」のほうは、まだ手の届かないところまで、家族ごと連れていってくれます。
「この学校で学びたい」と思えるかどうかは、説明会の雰囲気や、制服の好みや、通学のしやすさだけでは決まりません。
その学校がこれまで何を大切にしてきたのか。卒業生がどんな大人になっていらっしゃるか。
先生方が日々どんな言葉で子どもたちに声をかけていらっしゃるのか 。
こうした学校の輪郭を、ご家庭が時間をかけて知っていく作業が要ります。
具体的に申し上げます。
志望校が決まりかけたら、まず、その学校の創立者がお書きになった本、あるいはその学校に関連する書籍を、お父様お母様で分け合って一冊ずつ読み通してみてください。
福澤諭吉先生の『福翁自伝』でも、高峰信子氏の『雙葉の母』でも構いません。創立修道会の方々の祈りをまとめた一冊でも、ご家庭の志望校に縁の深いものをお選びください。
一見、難しいと感じられる一冊もあるかもしれませんが、ご家族で食卓の話題に持ち出して、お子様の前で語り合ってみてください。お子様は内容のすべてを理解できなくても、ご両親が学校の創立者を口にされる、その尊い響きを、肌で覚えていかれます。
次に、お時間が許す限り、運動会や学習発表会、バザーなどの公開行事に、ご家族で足を運んでください。説明会で校長先生のお話を伺うのとは別の景色が、そこにあります。
六年生のお姉さま方が一年生の手を引いて行進している後ろ姿、先生がお子様を見つめる視線、保護者の方々が会場で交わしている言葉に漂う品性。
学校という場の空気は、こうした日常の場面のほうに、より色濃く流れています。
ご家族で見学を重ねていくうちに、ご両親の口から「今度は作品展も観に行きたいね」という言葉が自然に出る学校が、きっと現れます。その学校が、ご家庭にとっての本命です。
労力のかかる作業ですが、この時間のなかで、ご両親の心は少しずつ、その学校に傾いていきます。「学びたい学校に出会う」というのは、こういう手間と時間を経て、初めて成り立つお話なのです。
「学びたい」という言葉が、ご自分の口から自然にこぼれるようになったとき、ご家庭の準備は、もう半分終わっています。
残る半分は、その「学びたい」を、お子様に伝染させていくことです。お子様は、ご両親の声の張りや目の輝きを、驚くほど鋭く感じ取ります。
ご両親が「合う学校を見つけるための見学」をしているあいだは、お子様の心も、その温度のままです。ご両親が「学びたい学校に出会えた」と感じた瞬間から、お子様の中にも、その学校の名前が特別な響きで宿り始めます。
学校選びは、入学後の六年、十二年、さらにその先の準備
筆を置く前に、最後に、もう一つだけ申し上げさせてください。
「合う/合わない」で選んだ学校では、入学後にも、同じ物差しが家庭の中で働き続けます。
お子様が学校で叱られて帰ってきた日、あるいは宿題の量に親子で疲弊した夜などに、ご家庭の口からは、こんな言葉が出やすくなります。
「うちの子には、合わなかったのかもしれない……」
この、他責的な言葉は、残念なことにお子様にも届きます。
届いた瞬間、お子様の心の中で、学校に身を委ねる構えそのものが、少しずつ変わってしまっていきます。日々の小さな不快を、ご自分の成長の糧として受け取ることが、難しくなっていきます。
「この学校で学びたい」と願って入った学校であれば、辛い日もまた、学びの一部として位置づけ直すことができます。
「ここで学びたいと願って入れていただいた学校だから、いまの試練にも意味があるはずだ」
この思いが、ご家庭の中で言葉になったとき、お子様は、ご自分の殻を越えていく長い旅路の入口に立っています。
小学校受験の合格通知をいただいた日は、六年、十二年、十六年と続く長い学びの、ほんの入口の一歩にすぎません。
その長い時間を、お子様がご自分の殻を脱ぎながら歩いていけるかどうかは、いま、ご両親がどのような姿勢で学校をお選びになるかに、かかっています。
「うちの子に合う学校はどこか」とお尋ねになる前に、もう一度、ご家庭でお話しになってみてください。
「私たちは、どの学校の教えに、家ごと身を委ねていきたいか」
問いのもち方を変えることで、見えてくる景色は変わります。
その問いの先で出会えた一校が、お子様の六年間と、その先の長い人生を、もっとも深く支えてくれる学校になるのだと、私は考えています。
執筆
慶楓会 小学校受験コース 主任 松下健太
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